東京高等裁判所 昭和26年(う)3083号 判決
按ずるに原判決の挙示引用に係る標目の各証拠を綜合して考えれば原判決の事実は優にこれを認めることができ且つ被告人の経歴及び本件犯行の態様に鑑みれば原審が被告人を懲役十月に処したことは相当であり量刑重きに失するものとは認められない。論旨は被告人の如き老令且病弱者に対し懲役十月を科するが如きは憲法第三十六条に違反すると主張するからこの点について考えるのにいうまでもなくすべて国民は個人として尊重せられるべく、その自由については立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とすることは固よりであり、殊に本件被告人の如き老令者に対し懲役十月の実刑を科するが如きは本人にとつても社会にとつても一の悲慘事たるを失わないのであるが、行刑の目的は犯人を改過遷善に導くにあるのであつて刑法第十二条第二項に所謂定役と雖も苦役の謂ではなく受刑者に生活方法を知らしむる手段に過ぎないのであるからその作業は衞生、経済、刑期、健康、技能、職業、将来の生計等を斟酌して課せられるものであり、(監獄法第二十四条参照)食事の如きもその体質、健康、年令、作業等を斟酌して必要な糧食及び飮料を給せられ(前同法第三十四条参照)衞生及び医療については老衰者は病者に準ずることができるのであつて必要に応じ医師の治療を受け或いは病監に收容し或は情状に因り仮にこれを病院に移送することもできる(前同法第四十条、第四十二条、第四十三条、第四十四条等参照)のであるから本件被告人がその家族、親近者とはなれ十月を刑務所に收容せられその健康状態に応じて所定の作業に服することは、その刑の執行方法の面からみても又その期間からみても人道上何等残虐性を有するものとは認められない。且別に刑事訴訟法第四百八十二条は検察官に刑の執行前なると執行中なるとを問わず刑の執行停止の指揮権を付与しているのであるから、これらの制度は両々相俟つて行刑の苛酷に過ぎ非人道的に堕するのを防止するに足るものということができるのである。それゆえ原審の被告人に対する量刑は憲法第三十六条に違反すると主張する論旨は理由がない。